Webで読まれる記事に必要なのは、文章力ではありません。読み手が見ているのは、書いた人の技術ではなく、何が書いてあるかです。そして「実際のところどうなのか」を一番持っているのは、現場に出ている人です。足りないのは、それを文字にする作業だけ。だったら、そこだけ外せばいい。これがもしデジの出発点です。
話すのは得意なのに、なぜ書けないのか?
適性が違うから、職種が分かれている
当然だと思います。十年、二十年と営業をしてきた人が、同じ年数を文章に使ってきた人と同じように書けるわけがない。
営業の現場でやってきたのは、相手の反応を見ながら話を組み替えることです。言葉を選ぶ速度も、間の取り方も、そこで鍛えられている。一方、文章は相手の顔が見えない状態で、一人で組み立てる作業です。使う筋肉がまったく違います。
適性が違うから職種が分かれているわけで、そこは伸ばすところではありません。20年営業をしてきた事実は、文章が書けないことの言い訳ではなく、別の資産を20年積み上げてきたという事実です。
Webで読まれる記事に、文章力は必要か?
ここに、ひとつ誤解があります。
きれいな文章で中身のない記事と、多少ぎこちなくても具体的な記事。選ばれるのは後者です。検索してたどり着いた人が知りたいのは、実際のところどうなのかであって、表現の巧みさではありません。
20年ホームページを作ってきて、これははっきり言えます。文章がうまいから問い合わせが増えた、という事例に出会ったことがありません。増えたサイトはいつも、書いてあることが具体的でした。いくらかかったか、何日かかったか、断られたときに何と言われたか。そういうものが入っている記事だけが読まれていました。
現場に出ている人が持っているものは何か?
断られた理由。何度も聞かれる同じ質問。刺さった一言。値段を聞かれるタイミング。
調べても出てこない話を、毎日、直接受け取っている。これは検索でも生成AIでも手に入らないものです。書籍にも載っていない。同業他社のサイトにも載っていない。その人の商談の中にしか存在しません。
ところが、それがWebには一文字も出ていない。
セミナーで話している内容も、商談で説明している内容も、そのまま記事になります。相手に伝わった説明は、読み手にも伝わります。材料はもう揃っている。
書けないのではなく、何が向いていないのか?
整理すると、こうなります。
| 持っているもの | 足りないもの |
|---|---|
| 現場でしか手に入らない中身(断られた理由・刺さった一言・実際の数字) | それを文字にする作業 |
| 相手に伝わる説明の組み立て | 一人で机に向かう時間 |
| 毎日更新される新しい素材 | 更新を続ける仕組み |
足りないのは右側だけです。そして右側は、本人がやらなければならない理由がありません。
つまり、書けないのではありません。中身はもう持っていて、それを文字にする作業だけが向いていない。
だったら、そこだけ外せばいい。
